Flower Journal 3 〜 ひかり〜

春を訪れを感じるような光に溢れる瞬間が増えてきました。
特に黄色い花は太陽の申し子のように、
その光を体いっぱいに受け止めているように見えます。
ミモザは毎年、お隣さんのお庭のものをいただいていて、
そのふわふわした質感にホッとして、
両手いっぱいに抱えて、大切に花瓶にいけさせてもらっています。
今年は特に自分の時間に余裕のあるせいか、
より丁寧に活けることができましたし、
たっぷりゆっくり楽しむことができています。
そんな時間が持てていることが嬉しくて幸せで、
そして、またミモザを眺めてふんわりした気持ちになっています。
花を飾るって本当に幸せなことですよね。

おかげさまで連日のリハビリも急に成果が出てきて、
時々一人で歩く練習ができるようになりました。
アレンジメントのレッスンの時、よく生徒さんから
「なかなか上達しない」と相談されることがありましたが、
その度に
「アレンジはゆっくり上達することはあまりなくて、
ある日突然、あれ?というくらい上手くできる日が来るの。
坂道じゃなくて急な階段なのよ」
とお答えしておりました。
実際その通りで、
私自身はずっと同じお話しをしているのですが、
ある日急にストンと腑に落ちる瞬間があるようで、
突然「そういうことがだったのですね?」と理解されたり、
それが実際に言葉にならなくても形になって現れたりする、
そんなことが時々あるのです。
そういう時「ああ、この方は一段階段を上られたなぁ」と
私まで嬉しくなってしまうのです。
でも、その階段を登れる日は、
今日なのか明日なのか、半年先か3年先か、
人によりますし、環境もあることなのでそれぞれ様々で、
その間を辛いを感じることがあるのかもしれません。
しかし、まさか自分のリハビリも同じような展開になるなんて、
辛いリハビリの日々から、ある日突然急に歩けるようになるなんて。
なかなか成果が出ないと少し気落ちするものですが、
全てのことは階段なのかもしれませんね。
平坦な道を歩きつづけるのは、先が見えなくて辛いですが、
ある日大きな段を登っていて、
振り返るとそれはすごく高い段だったりするのかも。

人は光のある方向に希望を見出して、
できれば、そこまでの道がなだらかな坂道だと、
なお、希望が叶う気がして、
ずっと先の光を見つめて先を急いだりするものですが、
本当は目の前の小さなことが大切だったりして、
その小さなことに気づけた人だけが、
先の光を掴むのかもしれません。
そういえばそんな文章を拙著「イラクサの小道の向こう」の
書き出しに書いたような記憶が蘇ってきました。
同じようなことを書くなんて、
ちっとも成長してないってことですね。
日々の雑事の中で、大切なことは見失われてしまいがち。
時々思い出して、ちゃんと考え直せばいいのですよね。
久しぶりの拙著、読み返してみましょうか。
「イラクサの小道の向こう」アノニマ・スタジオ
絶版ですので、ご希望の方はAmazonなどの中古でお求めください。
✴︎そして、今確認のためAmazonのページへ飛んで、
この本のレビューを読みました。
どこのどなたか存じませんが、
とても嬉しいレビューをありがとうございました。
素敵な方々に読まれていたと知り、
20年近く経った今、改めて嬉しく有難く思います。






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