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Flower Journal 1

自宅での自分のリハビリが始まって驚くことがあります。
 
亡くなった父を介護していた時、
手すりをつけたり、扉を引き戸にしたり、
さまざまな手筈を整えてきたはずなのですが、
これを父が実際にはどのように使っていたのか
とんと思い出せません。
父がこれらの介助器具を使っているときは、
私はいつも反対側にいて体を支えていたからです。
 
父の介助器具を設置する時もほぼ私が同席していたので、
どこにどういうものを設置したのかは頭に入っておりました。
入院先で、自宅に戻ってからの生活を相談された時、
家のどこに手すりがついてて、
どういう補助器具があるのか、
スラスラと答えることができて、
病院の方々から「それだけあれば大丈夫ですね」と太鼓判を押されました。
 
しかし、いざ自分が戻ってみて使う段になると、
この椅子はどのような高さでどうやって使うのか、
右側にあった手すりが途中で左側に設置されているのはなぜなのか、
そもそもなぜ手すりが横向きや縦向きにに付いているのか。
 
今まで何とも思っていなかった、
むしろ邪魔だから外そうかと思っていたような介助器具は
とても理にかなった方法で、
必要最低限の場所にしっかり設置されていたのだということがわかりました。
また、父の介助のためでしたので、
当然のことながらキッチンやダイニングはその設備はなく、
新たに考えなければいけない場所もあることがわかりました。
 
 
今までなんてことはない、
むしろ誰よりも理解していますなどと思っていたことが、
こうして実際の段になってみると、
ちっともわかってない、理解していないということは
往々にして日常生活にもよくあることです。
 
 
今回大好きな加藤さんのアネモネを退院後すぐに飾りましたが、
改めてその素晴らしさを実感しています。
 

  
すぐに開いてしまうのが欠点だとお客様に言われたこともありますが、
その度に開いてしまうからいいんですよとお答えしていました。
その時に答えていた気持ちとしては、
アネモネは開いてこそ花の良さが出てくるので、
開かなければ意味がないという考えで、そうお答えしてました。
 

  
しかし実際は、退院したばかりの不安と疲れの入り混じった気持ちを
フワーッと開いたたくさんの花びらのアネモネたちが
部屋の空気をパッと明るくしてくれました。
毎朝、小さな花瓶をキッチンに持って行って水を取り替えることも
煩わしいどころか、楽しみで仕方なく、
花瓶を変えながら日々楽しむことができるのは
切花だからこそだよなぁと思うのです。
蕊の濃いブルーからしか得られない美しさもあります。
 

  

こうした正論的に語っていたこととは違う、
心のひだに入り込むような想いというのは、
頭で理解していることとは違う、
実際にその立場に立ってみて初めて実感することで、
こればかりはその時になってみないとわからないことだなぁと
改めて思うのです。
 
そしてそして、
花は最後まで愛おしくて楽しいものだと実感するのです。
 

 
 
 
 
 

 

2026-01-26
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